2007年06月18日

すべての道はここから始まった! 僕が札幌でタイ料理店のオーナーシェフになるまで

第一章 旅の準備

それは名古屋からはじまった。
それ迄のあまりにも堕落した生活のお陰で、それまでサラリーマンとして働いて貯めた貯金を全て使い果たし、タイは愚か国内旅行にも行けるだけのお金は僕には無かった。
そして、それ迄の夢だった自分のお店を持つということも遥か遠くに行ってしまっているようでなんだか人生の先が少しみえてしまっていた。

そんな中ある一人の先輩料理人から、出稼ぎに行ってお金稼げば?っという一言で、僕はそれ迄勤めていた店を飛び出し、一人お金を稼ぎに名古屋へと向かった。

出身は神戸、育ちは明石。だけど北海道に単身で移住して約12年。名古屋という地はまだ未経験の地で、それも豊川町というとてつもなく田舎に来て僕は、思わず唖然としてしまった。そこは田舎なのに工場の森になっていて、車はもちろん、鉄鋼、食品、OA機器の工場が所狭しと立ち並び、空気は淀み海も工場の排水にまみれていた。その町には申し訳ないが絶対にここでは暮らせないと心底思った。

名古屋での仕事は、金型を機械で削るという単純な仕事だったが、金属なのでとてつもなく重く、1つの金型を機械にセットするだけで一時間近くかかる物も珍しくなかった。金型が1つが300kgというようなものもあった。

そして金属を削るので、切り屑が山の様になり、とても高温になった。それが自分に向かって飛んでくることがしばしばあり、体にあたると『じゅっ』という音とともに僕の腕や首に火傷を作った。

また、機械にセットするときにはマグネットでくっ付けて機械まで移動させるのだが、セットの仕方が悪かったりすると、マグネットから外れて足や指を挿んで大けがをする人も珍しくなかった。

一度僕も、セットをミスして金型を落としてしまった。そして、その落ちた金型は機械に当たり、僕の足先30Cm手前に落ちた事があり、冷や汗をかいた。

ここの住人の大半はリストラにあって仕事が無いとか、借金で自己破産してしまったというような者が大半を占めていた。そして、たいていは仕事になんの充実感もなく、ただ機械を相手に自分も機械の様にただもくもくと作業をこなし時給を稼ぐ労働者であふれていた。

少しの楽しみも見つけた。ブラジルの日系人が沢山いて、僕はよくその日系人と話をする様になった。彼らの大半は日本語も通じるが、日系人同士の会話はポルトガル語がほとんどで、僕はそのポルトガル語とブラジルという国に凄く興味を持った。

僕は元ミュージシャンと言う事もあって、ブラジルと言えばサンバとボサノバの国というイメージがあり、音楽の話もよくした。また、ブラジル料理もはじめてそこでごちそうになり、ぜんざいの様なものが塩で味付けされていてそれをご飯にかけて食べる食事が美味しかった。

ブラジル料理もタイと同じでスパイスをよく使い、特にクミンやコリアンダー、レモングラス、チリをよく料理に使っていた。そして、ブラジル人が沢山暮らしているということもありブラジル食材を扱うスーパーがあちこちにありポルトガル語で書かれた雑誌や新聞、本屋やCDなども置いてあった。驚いたのはブラジル料理専門のお弁当屋さんがあることだった。

僕の名古屋での唯一の楽しみは、そのブラジル料理のスーパーに行ってスパイスを買い込み、これから出そうとする店の料理の試作をすることが唯一の日課となって、コンビニの弁当はどうも美味しくないので毎日おにぎりと卵焼きを作って工場に働きに行った。

続き(6月30日に更新する予定)

posted by 北海道タイドットコム at 23:10| Comment(4) | TrackBack(0) | 北海道、札幌で行われたタイ関連イベント
この記事へのコメント
こんにちは。はじめまして。
私は、札幌でタイ語を勉強しています。私も愛知県の短期期間工の仕事もいいかな〜と考えている所でした。
正直、今の仕事があまり好きではないということもあって、いずれはタイに移住したいと考えています。ですが、お金がないとタイで生活することは出来ないので、日本で六ヶ月働いて、タイで三ヶ月働く、というスタイルを検討しています。そういう意味で期間工にすごく興味あります。
Posted by 鮎 at 2007年06月27日 20:23
鮎様
初めまして。
コメントありがとうございます。
そうですね、短期で稼ぐとなると、こういった方法が一番早いかもしれないですね。
札幌となると、尚更難しいと思います。

僕も、そのうち永住したいと考えていますが、今タイは本当に経済成長まっただなかで、今はまだ日本の感覚で色々と安くて、住みやすそうで…とプラスの面に目が行くと思いますが、今後、メリットが永久に続くかどうかというのは、まだ判断しかねる部分も多々ありますね。

そのあたりも、今後のコラムで書いていくと思いますのでよければ参考にしてみてください。
Posted by Ryu at 2007年07月05日 19:20
今のRyu−goo誕生まで、まだまだお話続きそうですね。
出稼ぎは私も岐阜の工場に行ってた事があるので雰囲気はわかりますが外国人の方はいなかったんですよ〜
まだタイへの旅の前までの2章なので、これからどんどんタイのお話がUPされるのですね!楽しみに待ってますね☆
Posted by 茶茶 at 2007年07月21日 11:21
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